2008年02月24日
出産の報告
遅すぎですね。
生まれたんですよ、娘。
しかも、クリスマスの朝。
どうでしょう、2ヶ月もして、今更ホットな話題なはずもなく、
既に首まですわりかけてる娘を膝に乗せながら
書いてます。
イブの夜、夫は早めに眠くなって寝てしまい、
そんな夜はゆっくり本を読んでから寝るのが習慣なので、
本を読んでいたわけ。
それで、そろそろ寝るか、と思ったのが12時半。
と思ったら、陣痛が来てしまい、そのまま徹夜状態で
朝の5時40分に無事生まれました。
4時に病院に着いたんだけど、
もう、早く生んで夫に帰宅してもらわないと、
息子たちが泣くのではないか、と気が気ではなかった。
生まれてから、朝起きた時に親がいない状態を
経験したことがない息子たちなので。
もちろん、日本からヘルプに来てくれている
私の祖母はいるんだけど・・・。
無事生まれて、夫が帰宅したのが朝7時。
当然起きてますよ、息子たち。
しかし、ご機嫌だったらしい。
理由は、枕もとのプレゼント。
サンタさんからのプレゼントを見つけて、
朝から興奮状態だったと・・・。
そう思うと、うまいタイミングで生まれてくれた娘。
順調に育ってます。
しかし、自分に娘というだけでも、照れていたのに、
クリスマスに生まれちゃうなんて、
追い討ちかけるんじゃないよ・・・。
生まれたんですよ、娘。
しかも、クリスマスの朝。
どうでしょう、2ヶ月もして、今更ホットな話題なはずもなく、
既に首まですわりかけてる娘を膝に乗せながら
書いてます。
イブの夜、夫は早めに眠くなって寝てしまい、
そんな夜はゆっくり本を読んでから寝るのが習慣なので、
本を読んでいたわけ。
それで、そろそろ寝るか、と思ったのが12時半。
と思ったら、陣痛が来てしまい、そのまま徹夜状態で
朝の5時40分に無事生まれました。
4時に病院に着いたんだけど、
もう、早く生んで夫に帰宅してもらわないと、
息子たちが泣くのではないか、と気が気ではなかった。
生まれてから、朝起きた時に親がいない状態を
経験したことがない息子たちなので。
もちろん、日本からヘルプに来てくれている
私の祖母はいるんだけど・・・。
無事生まれて、夫が帰宅したのが朝7時。
当然起きてますよ、息子たち。
しかし、ご機嫌だったらしい。
理由は、枕もとのプレゼント。
サンタさんからのプレゼントを見つけて、
朝から興奮状態だったと・・・。
そう思うと、うまいタイミングで生まれてくれた娘。
順調に育ってます。
しかし、自分に娘というだけでも、照れていたのに、
クリスマスに生まれちゃうなんて、
追い討ちかけるんじゃないよ・・・。
2007年10月25日
がんばれ!ニッポンの小学生
最初に申し上げておきたいことがひとつ。
日本には、素晴らしい親や、素晴らしい子ども、
とても私には真似のできない方々が年齢を問わず多くいるということを
充分理解した上での、今回の記事なのです。
ただ、あまりにもショッキングなニュースだったのです・・・。
---------------------------------------------------------------------------------------------------
すっかり有名になった「中央公園」と「東公園」。
海外在住の私は、NHKでしか見ることができませんが、
「とくダネ!」の小倉さんあたりがどんなコメントしてるか聞いてみたい。
そう、全国一斉に行われた学力テストである。
どうよ?
この結果。
いまさら、どんな問題だったかを言うのもうんざりなので、言わない。
しかし、
正答率18%とはひどすぎるだろう。
正解した18%の子どもたちは、「頭いいねぇ」とか言われるんだろうか。
はぁ、こっちは頭が痛い。
これがゆとり教育の悲惨な結末である。
しっかし、こうなることはド素人の私でも想像がつくってもんだ。
円周率が3、で良いわけないのである。
運動会の100メートル走を皆でゴール、で良いわけないのである。
世の中には、割り切れない不思議なことがあり、割り切れないということを
具体的な部分まで突き詰めた歴史を人類は持っているということを
知る必要があるのだ。
競争で負けることもあるし、勝てることもある。それを知らないと勝った時に
負けた者を思いやることも、負けた時に勝った者をたたえることもできなくなる。
今回の学力テストの結果は、お役所の後手後手な行き当たりばったりの
方針に、世の親が何の疑問も感じずに自分の子どもを放っておいた結果
とも言える。
これじゃ、給食費を払えっても、同じ次元で話ができるはずがない。
溜め息の代わりに目玉が飛び出るかと思った今回の結果。
あらためて、親としての自覚を考えさせられた。
がんばれ!ニッポンの小学生!!
塾ばかりではない。もう学校も親も君たちを育ててはくれない。
自分で育っていくしか、道はないぞ!!
日本には、素晴らしい親や、素晴らしい子ども、
とても私には真似のできない方々が年齢を問わず多くいるということを
充分理解した上での、今回の記事なのです。
ただ、あまりにもショッキングなニュースだったのです・・・。
---------------------------------------------------------------------------------------------------
すっかり有名になった「中央公園」と「東公園」。
海外在住の私は、NHKでしか見ることができませんが、
「とくダネ!」の小倉さんあたりがどんなコメントしてるか聞いてみたい。
そう、全国一斉に行われた学力テストである。
どうよ?
この結果。
いまさら、どんな問題だったかを言うのもうんざりなので、言わない。
しかし、
正答率18%とはひどすぎるだろう。
正解した18%の子どもたちは、「頭いいねぇ」とか言われるんだろうか。
はぁ、こっちは頭が痛い。
これがゆとり教育の悲惨な結末である。
しっかし、こうなることはド素人の私でも想像がつくってもんだ。
円周率が3、で良いわけないのである。
運動会の100メートル走を皆でゴール、で良いわけないのである。
世の中には、割り切れない不思議なことがあり、割り切れないということを
具体的な部分まで突き詰めた歴史を人類は持っているということを
知る必要があるのだ。
競争で負けることもあるし、勝てることもある。それを知らないと勝った時に
負けた者を思いやることも、負けた時に勝った者をたたえることもできなくなる。
今回の学力テストの結果は、お役所の後手後手な行き当たりばったりの
方針に、世の親が何の疑問も感じずに自分の子どもを放っておいた結果
とも言える。
これじゃ、給食費を払えっても、同じ次元で話ができるはずがない。
溜め息の代わりに目玉が飛び出るかと思った今回の結果。
あらためて、親としての自覚を考えさせられた。
がんばれ!ニッポンの小学生!!
塾ばかりではない。もう学校も親も君たちを育ててはくれない。
自分で育っていくしか、道はないぞ!!
Posted by 蛇足 at
21:14
│Comments(1)
2007年10月18日
若返り大作戦
田中宥久子さんの「造顔マッサージ」なるものを始めた。
というか、乗り遅れすぎだとは思うが、そこは海外在住ということで・・・。
これは、いいぞ!
声の代わりに文字を大にしてみるが、
これは、いいぞ!
本当の本当に、マッサージ直後から顔が変わる。
しっかし、マッサージ直後から変わる自分の顔ってどうよ?
そんなショックは軽く乗り越えて、私は感動している。
子どもを産んでから、自分の肌の手入れを怠りすぎたため、
ここ2年ほどでがっくり老け込んでしまった我が顔に、革命!
起きるか?
マッサージを始めて3日目の今夜。
期待を込めて2ヶ月以上ぶりのブログ更新だぞ!
というか、乗り遅れすぎだとは思うが、そこは海外在住ということで・・・。
これは、いいぞ!
声の代わりに文字を大にしてみるが、
これは、いいぞ!
本当の本当に、マッサージ直後から顔が変わる。
しっかし、マッサージ直後から変わる自分の顔ってどうよ?
そんなショックは軽く乗り越えて、私は感動している。
子どもを産んでから、自分の肌の手入れを怠りすぎたため、
ここ2年ほどでがっくり老け込んでしまった我が顔に、革命!
起きるか?
マッサージを始めて3日目の今夜。
期待を込めて2ヶ月以上ぶりのブログ更新だぞ!
2007年08月10日
3人目の性別が判明した。
結論から言えば、現在妊娠中の3人目の性別は、女だった。
3人目にして、初の女の子である。
夫も、夫の両親も、息子たちの保育園の先生たちも
諸手を挙げて喜ぶ中、戸惑いの消えない母・蛇足である。
男の子の扱いは慣れているのに対して、
未知な女の子とどう付き合えばいいのかわからないのか。
「外国に、外国人の遺伝子を持って生まれて、不細工な女の子だったら
かわいそうだな」と思っているのか。
娘もいた方が良いし、
男3人で時代遅れの「だんご3兄弟」みたいになるなんて
それもどうかと思うし、
末っ子の女の子なんて、お兄ちゃんたちにかわいがられて
自然に甘えられる女の子らしさも習得し、兄二人も女の子を守るという
意識が芽生えて最高じゃないか!
と、思う。
だから、女の子であったことは、100%以上に嬉しいのだが、
どんなに嬉しさが飽和状態になっても消えない、この一抹の戸惑いを
なんと呼ぼう。
そう、これは照れである。
自分に娘なんて、こっぱずかしくて、小声になってしまう。
照れてしまうほど、喜んでいる自分の内心に気がついていないだけだという、
どうしようもない母親。
冬眠から覚めたばかりの蛇の自己認識なんて、そんなレベルである。
3人目にして、初の女の子である。
夫も、夫の両親も、息子たちの保育園の先生たちも
諸手を挙げて喜ぶ中、戸惑いの消えない母・蛇足である。
男の子の扱いは慣れているのに対して、
未知な女の子とどう付き合えばいいのかわからないのか。
「外国に、外国人の遺伝子を持って生まれて、不細工な女の子だったら
かわいそうだな」と思っているのか。
娘もいた方が良いし、
男3人で時代遅れの「だんご3兄弟」みたいになるなんて
それもどうかと思うし、
末っ子の女の子なんて、お兄ちゃんたちにかわいがられて
自然に甘えられる女の子らしさも習得し、兄二人も女の子を守るという
意識が芽生えて最高じゃないか!
と、思う。
だから、女の子であったことは、100%以上に嬉しいのだが、
どんなに嬉しさが飽和状態になっても消えない、この一抹の戸惑いを
なんと呼ぼう。
そう、これは照れである。
自分に娘なんて、こっぱずかしくて、小声になってしまう。
照れてしまうほど、喜んでいる自分の内心に気がついていないだけだという、
どうしようもない母親。
冬眠から覚めたばかりの蛇の自己認識なんて、そんなレベルである。
Posted by 蛇足 at
21:18
│Comments(6)
2007年07月30日
生きていたぞ
いつから更新していなかったんだか、
それすら自分でも思い出せない、このブログ。
辞めたつもりもなかったという勝手極まりない言い分だが、
まぁ、ヘビの冬眠だったということで・・・。
(NZ冬だったし・・・)
更新しなかった理由はふたつ。
1・つわり
私は、自分よりきっついツワリ体験を持つ知人が一人しかいない。
それは、私の祖母である。
産むまでかぼちゃしか食べられなかったそうだ。
そんでも、私も瀕死の状態になり、食べることはもとより
読み書きもままならない状況に陥る。
今回は、思ったよりツワリが長引いたので、蛇足になってる暇など
なかったというのが正直な妊婦心。
2・なんと、仕事を始めた
ツワリであまりにも人間らしい生活ができず、「アレもしたいのに」
「これもしたいのに」と思っている間に、ちょっとしたツワリの凪をついて
ついつい「ライター募集」に応募。 テスト原稿がうっかり通ってしまい、
ツワリが明けた途端、なんだか原稿書きに追われる日々が始まった。
こんな理由で更新しなかったわけである。
なんで、ライター???と思われるだろうな。
実は、「書く人になりたい」というのは、5歳くらいからの夢だったのだ。
当時は、書く人といえば小説家しか知らなかった。
「おはなし」しか読んだことなかったから。
そんで、そのイメージを持ったままで時が流れたわけである。
でも、それから15年くらいしたときに、
「こんなリアリストに作り話なんて、書けない」
ことに気付く。
それでも、「書く人」にはなりたくて、しかし具体的なイメージもないままに
大学を卒業し、母の会社を手伝い、家庭教師をし、
気がついたら外国にいて、結婚して子供までいた。
それでも、「書く人」にはなりたくて、
日々の忙しさからちょっとはみ出したツワリのある日、
ライターの応募をしたわけである。
とにかく、そんなわけで蛇足としては更新を怠ったのだが、
自分の書いた文章が、それ自体として意味と価値(安くても)を
持ってくれることが、ひたすらに嬉しいと思うこのごろの私。
ずっとライターでもいいし、他の道も考えたくなるのかも知れないけど
書くことを求められれば、それが幸せだと思う。
と、いうわけでですね。
このブログも細々続けますので、
お見捨てなく・・・。
それすら自分でも思い出せない、このブログ。
辞めたつもりもなかったという勝手極まりない言い分だが、
まぁ、ヘビの冬眠だったということで・・・。
(NZ冬だったし・・・)
更新しなかった理由はふたつ。
1・つわり
私は、自分よりきっついツワリ体験を持つ知人が一人しかいない。
それは、私の祖母である。
産むまでかぼちゃしか食べられなかったそうだ。
そんでも、私も瀕死の状態になり、食べることはもとより
読み書きもままならない状況に陥る。
今回は、思ったよりツワリが長引いたので、蛇足になってる暇など
なかったというのが正直な妊婦心。
2・なんと、仕事を始めた
ツワリであまりにも人間らしい生活ができず、「アレもしたいのに」
「これもしたいのに」と思っている間に、ちょっとしたツワリの凪をついて
ついつい「ライター募集」に応募。 テスト原稿がうっかり通ってしまい、
ツワリが明けた途端、なんだか原稿書きに追われる日々が始まった。
こんな理由で更新しなかったわけである。
なんで、ライター???と思われるだろうな。
実は、「書く人になりたい」というのは、5歳くらいからの夢だったのだ。
当時は、書く人といえば小説家しか知らなかった。
「おはなし」しか読んだことなかったから。
そんで、そのイメージを持ったままで時が流れたわけである。
でも、それから15年くらいしたときに、
「こんなリアリストに作り話なんて、書けない」
ことに気付く。
それでも、「書く人」にはなりたくて、しかし具体的なイメージもないままに
大学を卒業し、母の会社を手伝い、家庭教師をし、
気がついたら外国にいて、結婚して子供までいた。
それでも、「書く人」にはなりたくて、
日々の忙しさからちょっとはみ出したツワリのある日、
ライターの応募をしたわけである。
とにかく、そんなわけで蛇足としては更新を怠ったのだが、
自分の書いた文章が、それ自体として意味と価値(安くても)を
持ってくれることが、ひたすらに嬉しいと思うこのごろの私。
ずっとライターでもいいし、他の道も考えたくなるのかも知れないけど
書くことを求められれば、それが幸せだと思う。
と、いうわけでですね。
このブログも細々続けますので、
お見捨てなく・・・。
2007年05月22日
あ、知らない間にバトンがここに。
洸ママ→tomtom→ゆりーこ と回っていたバトン。
ゆりーこの意思とは無関係に私にバトンが来ていたようだ。
ゆりーこが「回す人がいない」
と言ったら、tomtomが
「蛇足だろう!」
と突っ込み、ariariさんが
「じゃ、私は蛇足の後」
とまで言い出したので、書かないわけにはいかない。
ということで、書くよ。
新婚旅行バトン!!!!!!
<バトンの内容>
・行き先
・行き先を決めた理由
・面白かった&楽しかったネタ
・大変&やっちゃったネタ
・次にバトンを回したい人
1・行き先
行ってません!!!
2・行き先を決めた理由
特に旅行に行きたいモードではなかったから。
3・面白かった&楽しかったネタ
だいたい、毎日楽しいです。
4・大変&やっちゃったネタ
けっこうしょっちゅうドジします。
ちなみに今は、ツワリが大変。
5・次にバトンを回したい人
というわけでariariさん、よろ~。
私ね、
ゆりーこは、私が新婚旅行に行ってない事覚えてて
回さなかったと思ってたんだけど、
tomtomのツッコミには、そのこと答えてなかったよね・・・。
なんか、新婚だからってことが、旅行に行く理由にならなくてね・・・。
結婚自体は決めてたけど、日取りを決めたのは3週間前。
これも、たいした理由はなく、
「まぁ、もう結婚するか」
みたいな。
3週間で、
パーティーのレストランを決め、
招待状を用意し、
ドレスを夫の同僚に借り、
セレブラント(日本で言う司祭さん)を決め、
新郎新婦、それぞれのお世話役を決め、
ワインを決め、
夫のタキシードを借り、
などなどなどなど、結婚の全てを用意した。
こだわったのはレストランくらい。
ドレスも、同僚の家に行って、着たらピッタシだったし、
デザインもシンプルで即決め。
夫のタキシードを借りたのは前々日だった。
ちなみに、新婦のお世話役のひとりは
ゆりーこだったんだよ。
ゆりーこ。楽しかったねぇ、あの日。
というわけで、
新婚旅行について何も書くことがないので
結婚式について書いてみました。勝手に。
書く気はなかったんだけど、
思い出したら楽しくなって書いてみた。
ので、タダの記憶の羅列になり
非常につまらない記事になったけど、
まぁ、いいや。
ゆりーこの意思とは無関係に私にバトンが来ていたようだ。
ゆりーこが「回す人がいない」
と言ったら、tomtomが
「蛇足だろう!」
と突っ込み、ariariさんが
「じゃ、私は蛇足の後」
とまで言い出したので、書かないわけにはいかない。
ということで、書くよ。
新婚旅行バトン!!!!!!
<バトンの内容>
・行き先
・行き先を決めた理由
・面白かった&楽しかったネタ
・大変&やっちゃったネタ
・次にバトンを回したい人
1・行き先
行ってません!!!
2・行き先を決めた理由
特に旅行に行きたいモードではなかったから。
3・面白かった&楽しかったネタ
だいたい、毎日楽しいです。
4・大変&やっちゃったネタ
けっこうしょっちゅうドジします。
ちなみに今は、ツワリが大変。
5・次にバトンを回したい人
というわけでariariさん、よろ~。
私ね、
ゆりーこは、私が新婚旅行に行ってない事覚えてて
回さなかったと思ってたんだけど、
tomtomのツッコミには、そのこと答えてなかったよね・・・。
なんか、新婚だからってことが、旅行に行く理由にならなくてね・・・。
結婚自体は決めてたけど、日取りを決めたのは3週間前。
これも、たいした理由はなく、
「まぁ、もう結婚するか」
みたいな。
3週間で、
パーティーのレストランを決め、
招待状を用意し、
ドレスを夫の同僚に借り、
セレブラント(日本で言う司祭さん)を決め、
新郎新婦、それぞれのお世話役を決め、
ワインを決め、
夫のタキシードを借り、
などなどなどなど、結婚の全てを用意した。
こだわったのはレストランくらい。
ドレスも、同僚の家に行って、着たらピッタシだったし、
デザインもシンプルで即決め。
夫のタキシードを借りたのは前々日だった。
ちなみに、新婦のお世話役のひとりは
ゆりーこだったんだよ。
ゆりーこ。楽しかったねぇ、あの日。
というわけで、
新婚旅行について何も書くことがないので
結婚式について書いてみました。勝手に。
書く気はなかったんだけど、
思い出したら楽しくなって書いてみた。
ので、タダの記憶の羅列になり
非常につまらない記事になったけど、
まぁ、いいや。
2007年05月17日
トムヤンクン、愛し。
ツワリで吐くよ、最近。
四六時中、気持ち悪いし、
子宮が存在感を持ちすぎて不快だし、
この時期は毎回出産より辛い。
だが、今回の妊娠は今までの2回とちと違う。
食べたい物があるのだ。
それは、トムヤンクン。
しかし、辛い物って、控えなきゃいけないんじゃないっけ?
それはトムヤンクン。
しかし、そう簡単に美味しいトムヤンクンはないよ。
それはトムヤンクン。
しかし、私の言うトムヤンクンは、
日本のコンビニで売ってるカップスープ。
それはトムヤンクン。
なぜ!
なぜ、そんなものが食べたくなるのだよ!!!!
それはトムヤンクン。
仕方がないから
桃屋のキムチの素たっぷりと味噌少々を
お湯で溶いて、飲みました。
まじで、気休めにしか、なりませんでした。
すくすく育て!
以上!!!!!
四六時中、気持ち悪いし、
子宮が存在感を持ちすぎて不快だし、
この時期は毎回出産より辛い。
だが、今回の妊娠は今までの2回とちと違う。
食べたい物があるのだ。
それは、トムヤンクン。
しかし、辛い物って、控えなきゃいけないんじゃないっけ?
それはトムヤンクン。
しかし、そう簡単に美味しいトムヤンクンはないよ。
それはトムヤンクン。
しかし、私の言うトムヤンクンは、
日本のコンビニで売ってるカップスープ。
それはトムヤンクン。
なぜ!
なぜ、そんなものが食べたくなるのだよ!!!!
それはトムヤンクン。
仕方がないから
桃屋のキムチの素たっぷりと味噌少々を
お湯で溶いて、飲みました。
まじで、気休めにしか、なりませんでした。
すくすく育て!
以上!!!!!
2007年05月04日
流産の危機
日本の一番の仲良しグループの皆に
妊娠のお知らせメールを送った。
なかなか一人目ができずにいる友人。
流産してしまったばかりの友人。
そんな彼女たちに3人目のお知らせをするのは
どんなふうに伝えようか、ちょっとは考えるわけである。
それで、考えあぐねた結果、
はてしなくぶっきらぼうな文面にしてみたわけである。
それで、仲良しグループに妊娠のお知らせが
終わった。
はずであった。
いや、確かに彼女たちには伝わった。
しかし、ここで過不足アリ。である。
「過」の方である。
こんな失敗初めてだが、
そのぶっきらぼうなメール、
私のアドレス帳のあるグループの全員に
送ってしまったのである。
友達だけならまだいいさ。
他人だけならまだいいさ。
おっそろしいことに、
そこには、
義理の両親が含まれていたのである。
両親である。
義父にも義母にも、
ご丁寧に送ってしまったわけである。
「親に書く手紙も、季節の挨拶は必ず入れなさい」
「人間、ぬかりがあっちゃあ、いけないんだよ」
と、常日頃言っている、義父である。
モチロン、
送ってすぐに気がついた。
ソッコーで日本に電話である。
「今、友達宛にメールを送ったんですが、
間違えてお父さんにも送っちゃったので、
お願いですから、お願いですから
読まずに削除してください。
とてもじゃないけど、お父さんに見せられません」
と、懇願。
にこやかな声で
「はいはい。わかったよぉ」
と流す義父であったが、
もしも読んでいたら、今までにない説教が
ノドモとまで出ているであろう。
(でも、読んだとはいえない立場)
こんなことって、あっていいのだろうか。
私が3年半かけてコツコツと積み上げてきた
嫁としてのキャラは、
間違いなく一瞬にして崩れ去ったはずである。
その、ガラガラという音が、はっきりと聞こえるほどだ。
賽の河原である。
皮肉なことに、積み上げた石を無情にも叩き崩している鬼は
私自身である。
両親に送ってしまったことがわかった瞬間、
私の子宮は今回の妊娠でもっとも収縮した。
痛い。
痛いのだ。
そのワンクリックが私にどれだけのストレスを
与えたか、お察しいただきたい。
そして、自業自得の気分も、ついでにお察しいただきたい。
ボートのレースをテレビで観戦している夫を残し、
寝ることにした。
ベッドに入っても、当然眠れない。
フォローの電話も掛け、フォローのメールも送ったが、
眠れない。
そして、お腹はどんどん痛みを増すばかりである。
バカをいっちゃあいけない。
妊娠お知らせメールをきっかけに流産するなんて
まっぴらゴメンだ。
そう思って、私がしたこと。
夫を呼びに行った。
どこまでもどこまでもお気楽な夫に
ペッタリくっつき、なんとか眠りについた。
翌日、
キッチンでの定番音楽はやめて、
「ここはひとつ!ブルーハーツ!」
リンダリンダーーー!!!!
おー!飛びたいぃ!
もう、何もかも忘れて私も飛びまくりたい!!!!
しかし、それは許されないのである。
なんつったて、妊婦だから。
あああああああ、でも、飛びたいぜぇぇぇぇ!!!!!
あっつい思いを私に抱えさせ、リンダリンダの次にやってきた曲は
気~がぁ 狂いそう
と始まった。
ビンゴ過ぎるだろう。
あんなことになってしまった上に、
気晴らしに酒も飲めず、
飛ぶに飛べず、
気も狂うというもんである。
それもこれも、
全ては妊娠が理由というのも、また皮肉であるが、
お腹の赤ん坊はひとつも悪くない。
そう、悪いのは、私ただ一人である。
更に、
聞こえるか? ガンバレェ!
だそうだ。
そうなのだ。
この事態を乗り越えて、頑張るしかない。
おぉ!頑張るぜ!!
と気を持ち直した瞬間、
「あぁあぁあ、 なぐさめて あげられない」
ときた。
そりゃ、そうである。
全ては私の凡ミスなんだから。
慰められる余地はないのである。
友人の一人は私に何度も大爆笑して
「ご愁傷様」を連発した。
彼女こそ、私をして
「なんちゃってしっかりさん」と呼ぶ洞察力の持ち主である。
こんな時にナンだが、言われるほどに言い得て妙である。
彼女に爆笑され、ご愁傷様と言われたことで
なぜか吹っ切れた。
嫁としての立場は、死んだも同然ということで
もう、木魚の音も聞こえないところに行ってしまったのである。
輪廻を迎えるその時を、待つしかない身というわけだ。
嫁としての立場を死に追いやったことで
ストレスも一気に軽くなり、流産の危機は
ひとまず乗り越えたと言える。
しかしながら、
昨日のあの瞬間から、
私の脳裏では
郷ひろみが
だから なぁかぁあったことぉにしてぇ(無かったことにして)
と歌いっぱなしである。
妊娠のお知らせメールを送った。
なかなか一人目ができずにいる友人。
流産してしまったばかりの友人。
そんな彼女たちに3人目のお知らせをするのは
どんなふうに伝えようか、ちょっとは考えるわけである。
それで、考えあぐねた結果、
はてしなくぶっきらぼうな文面にしてみたわけである。
それで、仲良しグループに妊娠のお知らせが
終わった。
はずであった。
いや、確かに彼女たちには伝わった。
しかし、ここで過不足アリ。である。
「過」の方である。
こんな失敗初めてだが、
そのぶっきらぼうなメール、
私のアドレス帳のあるグループの全員に
送ってしまったのである。
友達だけならまだいいさ。
他人だけならまだいいさ。
おっそろしいことに、
そこには、
義理の両親が含まれていたのである。
両親である。
義父にも義母にも、
ご丁寧に送ってしまったわけである。
「親に書く手紙も、季節の挨拶は必ず入れなさい」
「人間、ぬかりがあっちゃあ、いけないんだよ」
と、常日頃言っている、義父である。
モチロン、
送ってすぐに気がついた。
ソッコーで日本に電話である。
「今、友達宛にメールを送ったんですが、
間違えてお父さんにも送っちゃったので、
お願いですから、お願いですから
読まずに削除してください。
とてもじゃないけど、お父さんに見せられません」
と、懇願。
にこやかな声で
「はいはい。わかったよぉ」
と流す義父であったが、
もしも読んでいたら、今までにない説教が
ノドモとまで出ているであろう。
(でも、読んだとはいえない立場)
こんなことって、あっていいのだろうか。
私が3年半かけてコツコツと積み上げてきた
嫁としてのキャラは、
間違いなく一瞬にして崩れ去ったはずである。
その、ガラガラという音が、はっきりと聞こえるほどだ。
賽の河原である。
皮肉なことに、積み上げた石を無情にも叩き崩している鬼は
私自身である。
両親に送ってしまったことがわかった瞬間、
私の子宮は今回の妊娠でもっとも収縮した。
痛い。
痛いのだ。
そのワンクリックが私にどれだけのストレスを
与えたか、お察しいただきたい。
そして、自業自得の気分も、ついでにお察しいただきたい。
ボートのレースをテレビで観戦している夫を残し、
寝ることにした。
ベッドに入っても、当然眠れない。
フォローの電話も掛け、フォローのメールも送ったが、
眠れない。
そして、お腹はどんどん痛みを増すばかりである。
バカをいっちゃあいけない。
妊娠お知らせメールをきっかけに流産するなんて
まっぴらゴメンだ。
そう思って、私がしたこと。
夫を呼びに行った。
どこまでもどこまでもお気楽な夫に
ペッタリくっつき、なんとか眠りについた。
翌日、
キッチンでの定番音楽はやめて、
「ここはひとつ!ブルーハーツ!」
リンダリンダーーー!!!!
おー!飛びたいぃ!
もう、何もかも忘れて私も飛びまくりたい!!!!
しかし、それは許されないのである。
なんつったて、妊婦だから。
あああああああ、でも、飛びたいぜぇぇぇぇ!!!!!
あっつい思いを私に抱えさせ、リンダリンダの次にやってきた曲は
気~がぁ 狂いそう
と始まった。
ビンゴ過ぎるだろう。
あんなことになってしまった上に、
気晴らしに酒も飲めず、
飛ぶに飛べず、
気も狂うというもんである。
それもこれも、
全ては妊娠が理由というのも、また皮肉であるが、
お腹の赤ん坊はひとつも悪くない。
そう、悪いのは、私ただ一人である。
更に、
聞こえるか? ガンバレェ!
だそうだ。
そうなのだ。
この事態を乗り越えて、頑張るしかない。
おぉ!頑張るぜ!!
と気を持ち直した瞬間、
「あぁあぁあ、 なぐさめて あげられない」
ときた。
そりゃ、そうである。
全ては私の凡ミスなんだから。
慰められる余地はないのである。
友人の一人は私に何度も大爆笑して
「ご愁傷様」を連発した。
彼女こそ、私をして
「なんちゃってしっかりさん」と呼ぶ洞察力の持ち主である。
こんな時にナンだが、言われるほどに言い得て妙である。
彼女に爆笑され、ご愁傷様と言われたことで
なぜか吹っ切れた。
嫁としての立場は、死んだも同然ということで
もう、木魚の音も聞こえないところに行ってしまったのである。
輪廻を迎えるその時を、待つしかない身というわけだ。
嫁としての立場を死に追いやったことで
ストレスも一気に軽くなり、流産の危機は
ひとまず乗り越えたと言える。
しかしながら、
昨日のあの瞬間から、
私の脳裏では
郷ひろみが
だから なぁかぁあったことぉにしてぇ(無かったことにして)
と歌いっぱなしである。
2007年04月27日
妊娠発覚の経緯
看護婦さんに自分の尿を渡して、
次男坊を抱きながら鼻歌混じりにウロウロしていた。
1分後。
看護婦さんは、気まずそうな顔つきでやってくる。
「妊娠、してなさそうね」
え?マジっすか?
だって、市販の検査薬で微妙に陽性だったから
「病院だったら確実に陽性に違いない」
と思ってやってきたんですよ。
(心の声)
さらに、そんな私の心を察してか、看護婦さん。
「もうちょっと、待ってみよう」
・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
待つこと5分
微妙に陽性
ここでもかい!!!!
さらに、親切な看護婦さん。
「尿検査よりも、血液検査だったら確かだから、受けていきなよ」
あぁ、ありがとう 看護婦さん。
私、そんなにがっかりそうに見えましたか?
はい、素直に行きますとも、血液検査。
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
市販の検査薬使って微妙だったから病院来たのに、
そこでも微妙ってありえるのかぁ。
という思いを抱えつつ、
自分の左腕からすんごい勢いで吐き出される血液を
眺めていた。
そして、
夜8時。
お医者さんから電話が。
「妊娠反応、出たよ。
でもねぇ、まだ初期の初期でホルモン数値から
いったら妊娠2週。
ま、そのうち病院またおいで」
・・・・妊娠2週っていう告知、初めて聞いた。
2ヶ月じゃないっすよ。
てか、
そんな時期にわざわざ来るなよ!
だろうなぁ。
そうなの、そんな時期に行くなんて、
恥ずかしい限り。
でも!でもね。
前回の生理がいつだったか、必死で思い出し、
そこから計算して4週くらい経ってたんだよ。
ごめん。
優しい看護婦さん。
ゴメン。
夜遅くまでそんなせっかちな私の血液を調べてくれたお医者さん。
うっかりそんな時期に病院まで行ってしまったが、
まぁ、めでたく3人目の妊娠でございます。
3人目ともなると、迷ったぞ。
今月の頭には、
「もう産まない」
と言ってた、実際。
でも、夫も、両親もだれも迷ってないのです。
普通に
「もういっちょ」
ってな感じで。
「生ビールじゃないんだから・・・」
という思いを抱えて次男誕生から11ヶ月を過ごした。
「よっしゃ!産んだるぜ!!!!!!!!!!」
という決心がついたわけじゃ、ござんせん。
正直、迷ってるのが面倒になったのだ。
もし、産むなら今月妊娠がベスト。
あ~、もう迷うの面倒だから、
作ってみてできたら産もう!
という安直さで作ってみたわけである。
そしたら、
できたわけである。
迷っていた私自身が
生ビールより軽いノリ。
これでいいのか?
良いのかどうかは別として、
今まさに、私の下腹部にて
なぜか人間が作られている最中である。
使い古しのベッドだが、
しばらくは運命共同体だぞ、君。
次男坊を抱きながら鼻歌混じりにウロウロしていた。
1分後。
看護婦さんは、気まずそうな顔つきでやってくる。
「妊娠、してなさそうね」
え?マジっすか?
だって、市販の検査薬で微妙に陽性だったから
「病院だったら確実に陽性に違いない」
と思ってやってきたんですよ。
(心の声)
さらに、そんな私の心を察してか、看護婦さん。
「もうちょっと、待ってみよう」
・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
待つこと5分
微妙に陽性
ここでもかい!!!!
さらに、親切な看護婦さん。
「尿検査よりも、血液検査だったら確かだから、受けていきなよ」
あぁ、ありがとう 看護婦さん。
私、そんなにがっかりそうに見えましたか?
はい、素直に行きますとも、血液検査。
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
市販の検査薬使って微妙だったから病院来たのに、
そこでも微妙ってありえるのかぁ。
という思いを抱えつつ、
自分の左腕からすんごい勢いで吐き出される血液を
眺めていた。
そして、
夜8時。
お医者さんから電話が。
「妊娠反応、出たよ。
でもねぇ、まだ初期の初期でホルモン数値から
いったら妊娠2週。
ま、そのうち病院またおいで」
・・・・妊娠2週っていう告知、初めて聞いた。
2ヶ月じゃないっすよ。
てか、
そんな時期にわざわざ来るなよ!
だろうなぁ。
そうなの、そんな時期に行くなんて、
恥ずかしい限り。
でも!でもね。
前回の生理がいつだったか、必死で思い出し、
そこから計算して4週くらい経ってたんだよ。
ごめん。
優しい看護婦さん。
ゴメン。
夜遅くまでそんなせっかちな私の血液を調べてくれたお医者さん。
うっかりそんな時期に病院まで行ってしまったが、
まぁ、めでたく3人目の妊娠でございます。
3人目ともなると、迷ったぞ。
今月の頭には、
「もう産まない」
と言ってた、実際。
でも、夫も、両親もだれも迷ってないのです。
普通に
「もういっちょ」
ってな感じで。
「生ビールじゃないんだから・・・」
という思いを抱えて次男誕生から11ヶ月を過ごした。
「よっしゃ!産んだるぜ!!!!!!!!!!」
という決心がついたわけじゃ、ござんせん。
正直、迷ってるのが面倒になったのだ。
もし、産むなら今月妊娠がベスト。
あ~、もう迷うの面倒だから、
作ってみてできたら産もう!
という安直さで作ってみたわけである。
そしたら、
できたわけである。
迷っていた私自身が
生ビールより軽いノリ。
これでいいのか?
良いのかどうかは別として、
今まさに、私の下腹部にて
なぜか人間が作られている最中である。
使い古しのベッドだが、
しばらくは運命共同体だぞ、君。
2007年04月19日
どうよ? これってどうよ?
今日、お化粧をして、
いつものように夫に
「どう?」
と 聞いてみた。
「うん。 でも、ちょっと頬紅が濃いかな?」
ちょっとホオベニが濃いかな???? ですと?
「チークなんか、一粒もつけてないわよ!!」
どうよ? これって、どうよ?
もともと頬の赤みが強い私。
子供の頃は親がりんごちゃんと呼んでいたほど。
保育園や幼稚園の集合写真は、一番ほっぺが赤い子を探せばそれが私である。
「チークなんか、生まれてこの方、一度だってつけたことないわよ!!!」
どうよ? それもどうよ? ・・・・・・
コンシーラーを買おう。
いつものように夫に
「どう?」
と 聞いてみた。
「うん。 でも、ちょっと頬紅が濃いかな?」
ちょっとホオベニが濃いかな???? ですと?
「チークなんか、一粒もつけてないわよ!!」
どうよ? これって、どうよ?
もともと頬の赤みが強い私。
子供の頃は親がりんごちゃんと呼んでいたほど。
保育園や幼稚園の集合写真は、一番ほっぺが赤い子を探せばそれが私である。
「チークなんか、生まれてこの方、一度だってつけたことないわよ!!!」
どうよ? それもどうよ? ・・・・・・
コンシーラーを買おう。
2007年04月17日
tomtomよ、そう若さにこだわるな。
さてさて、今年は三十路である。
20代も残り4ヶ月あまり、
まぁ、20代は色々あった。
色々あったが、そんなことは置いといて、
今日は「年齢」をテーマにしてみよう。
早速だが、
若いって、そんなに良いものか?
私は、正直、若さに対して未練は微塵もない。
若い時は、若いとは何かと得のような気がした時期もあった。
が、三十路を迎えようとする今、
若いって、「若さ」以外、別に良さがないのでは?
と思ったりする。
若ければ、何かに失敗してもやり直しがきく幅が広いし、
無知が通るというのも確かだろう。
しっかしだ。
だからといって、いつまでも若くては、これもこれでつまらなそうである。
年齢と共に経験を重ね、
実感が湧かなかった言葉の意味が心でわかるようになり、
大切な物が増え、また、失くす経験もし、
物事には表と裏があることを否めなくなり、
裏と表だけじゃ済まされない多面性が見え、
舞い上がったり、へこんだり、静かに激しいという感情に襲われたり・・・
そんな、ありとあらゆることが我が身に降り注いだ年数が年齢だと
思うわけである。
だから、年齢を重ねるにつれて、その人をあらわす言葉も形も
複雑になるだろう。
それこそが、そのそれぞれの独特な形こそが、その人間の魅力だと
思う。
若さというのは、どうも「若い」というひと言でひとくくりにされているように
感じる。
肌がピンピンしていて、どんなミニスカートもホットパンツも若さゆえに
似合っても、それは、それだけである。
どうしたって、肌は衰えてくるし、身体にもこれから変化があるだろう。
しかし、それで良いのである。
無論、努力は必要である。
肌をキレイに保ち、体力をつけ、躾の行き届いた人間になる努力は
周りに生き生きした印象を与えると思う。
そして、全く同時に、
人生と生活に目標とやりがいを見出す目も、「若い」うちにしてきた
経験から肥えてくる。
つまり、中身勝負が本格的になってくるのは、「若く」なくなってから
だと思うわけである。
そういう意味で、これからの30年は楽しみである。
若かった今までの30年よりも、ずっと充実すると思う。
60を超えてからのことは、ちょっと想像つけられんが・・・。
偉そうに長々と書いたが、
これを
年齢相応に見られることの少なかった私のヒガミだと思われても、
今でも6歳年上の夫より年上に見られることがある私の言い訳だと思われても、
それはそれで、いいじゃないか。
偉そうに、長々と書いたが、
そんなことより
黙って衰えた体力と失った筋肉を取り戻す努力をするべきだなぁ。
20代も残り4ヶ月あまり、
まぁ、20代は色々あった。
色々あったが、そんなことは置いといて、
今日は「年齢」をテーマにしてみよう。
早速だが、
若いって、そんなに良いものか?
私は、正直、若さに対して未練は微塵もない。
若い時は、若いとは何かと得のような気がした時期もあった。
が、三十路を迎えようとする今、
若いって、「若さ」以外、別に良さがないのでは?
と思ったりする。
若ければ、何かに失敗してもやり直しがきく幅が広いし、
無知が通るというのも確かだろう。
しっかしだ。
だからといって、いつまでも若くては、これもこれでつまらなそうである。
年齢と共に経験を重ね、
実感が湧かなかった言葉の意味が心でわかるようになり、
大切な物が増え、また、失くす経験もし、
物事には表と裏があることを否めなくなり、
裏と表だけじゃ済まされない多面性が見え、
舞い上がったり、へこんだり、静かに激しいという感情に襲われたり・・・
そんな、ありとあらゆることが我が身に降り注いだ年数が年齢だと
思うわけである。
だから、年齢を重ねるにつれて、その人をあらわす言葉も形も
複雑になるだろう。
それこそが、そのそれぞれの独特な形こそが、その人間の魅力だと
思う。
若さというのは、どうも「若い」というひと言でひとくくりにされているように
感じる。
肌がピンピンしていて、どんなミニスカートもホットパンツも若さゆえに
似合っても、それは、それだけである。
どうしたって、肌は衰えてくるし、身体にもこれから変化があるだろう。
しかし、それで良いのである。
無論、努力は必要である。
肌をキレイに保ち、体力をつけ、躾の行き届いた人間になる努力は
周りに生き生きした印象を与えると思う。
そして、全く同時に、
人生と生活に目標とやりがいを見出す目も、「若い」うちにしてきた
経験から肥えてくる。
つまり、中身勝負が本格的になってくるのは、「若く」なくなってから
だと思うわけである。
そういう意味で、これからの30年は楽しみである。
若かった今までの30年よりも、ずっと充実すると思う。
60を超えてからのことは、ちょっと想像つけられんが・・・。
偉そうに長々と書いたが、
これを
年齢相応に見られることの少なかった私のヒガミだと思われても、
今でも6歳年上の夫より年上に見られることがある私の言い訳だと思われても、
それはそれで、いいじゃないか。
偉そうに、長々と書いたが、
そんなことより
黙って衰えた体力と失った筋肉を取り戻す努力をするべきだなぁ。
Posted by 蛇足 at
21:59
│Comments(9)
2007年04月16日
実はSMAPが好き
昨日、友人に借りた日本のバラエティのビデオを見ていた。
その中にSMAPが出てきた。
キャラじゃないが、私はけっこうSMAPが好きである。
光GENJIがデビューしたのが私が小学校4年生だったと
思うが、あの人気ぶりにも10歳の私は全く共感できず、
何が良いのか、何のためにみんなしてローラースケートに
乗って歌ってんのか、到底理解できなかった。
そして、二番煎じでデビューしたのがSMAPだったと聞いている。
だから、最初の頃スケボー乗ってたんでしょ?
無論、10代の頃は興味がなかった。
というか、光GENJIの頃から、アイドルに無理感アリアリだと
思っていた。
しかししかし。
近年、私はSMAPが好きである。
特に、中居さんである。
数年前からあちこちで司会をするようになって
それがとにかく好きだった。
「司会ができる」ということも、
その司会っぷりも。
そして、3年くらい前かな?
「砂の器」というドラマでの演技!
司会も演技も全く経験のない私ではあるが、
「この司会、いいなぁ」
「この演技、いいなぁ」
と非常に気分が嬉しくなる。
思えば、結成からもう20年近く経つのではないか。
ひとつのことを続けるとは、言葉で言うほど楽なもの
ではないが、グループが20年続き、なおかつ
ずっと一番人気というのは、並大抵じゃないんだろう。
SMAPは練習嫌いとも聞くが、ここまでくりゃ
結果オーライだよなぁ。
これからも、「ちょっと年上のかっこいい彼ら」を、
嬉しい気持ちで応援し続けたい。
しっかし、余談だが。
アイドルが歌っているステージに手を振ったり
キャーキャー言うのには、どんな意味が?
SMAPは好きだけど、あれは、いつまでも解せんねぇ。
その中にSMAPが出てきた。
キャラじゃないが、私はけっこうSMAPが好きである。
光GENJIがデビューしたのが私が小学校4年生だったと
思うが、あの人気ぶりにも10歳の私は全く共感できず、
何が良いのか、何のためにみんなしてローラースケートに
乗って歌ってんのか、到底理解できなかった。
そして、二番煎じでデビューしたのがSMAPだったと聞いている。
だから、最初の頃スケボー乗ってたんでしょ?
無論、10代の頃は興味がなかった。
というか、光GENJIの頃から、アイドルに無理感アリアリだと
思っていた。
しかししかし。
近年、私はSMAPが好きである。
特に、中居さんである。
数年前からあちこちで司会をするようになって
それがとにかく好きだった。
「司会ができる」ということも、
その司会っぷりも。
そして、3年くらい前かな?
「砂の器」というドラマでの演技!
司会も演技も全く経験のない私ではあるが、
「この司会、いいなぁ」
「この演技、いいなぁ」
と非常に気分が嬉しくなる。
思えば、結成からもう20年近く経つのではないか。
ひとつのことを続けるとは、言葉で言うほど楽なもの
ではないが、グループが20年続き、なおかつ
ずっと一番人気というのは、並大抵じゃないんだろう。
SMAPは練習嫌いとも聞くが、ここまでくりゃ
結果オーライだよなぁ。
これからも、「ちょっと年上のかっこいい彼ら」を、
嬉しい気持ちで応援し続けたい。
しっかし、余談だが。
アイドルが歌っているステージに手を振ったり
キャーキャー言うのには、どんな意味が?
SMAPは好きだけど、あれは、いつまでも解せんねぇ。
2007年04月09日
たまには

毎夜毎夜、そのハンモックに横になり
私は心地よい温度と感触と匂いに包まれる。
私が今日、
余計に吸い込んでしまったものを落とし、
代わりに、逃さなかった大事なものを注いでくれる。
そのハンモックに、毎夜毎夜横になり、
朝日に反射して、ハンモックが見えなくなる頃
私はたっぷりたぷたぷに満たされて、
新しい1日に歩き始める。
2007年03月28日
家庭内暴力に傷つく
こんなはずでは なかった。
中学高校時代、
父や兄が母に暴力をふるうのを目の当たりにし、
こっちも体当たりで母をかばいながら
毎日が過ぎていた。
自分は、心穏やかな人と結婚して、
普通に幸せな家庭を築いてやる、必ず。 必ず。
毎日のようにどこかでガラスが割れる家の隅で、
ありきたりだが、そう思ったものだ。
(それでも、結婚しないっていう仮定をしてないのが笑える)
・・・・・因果なものである。
今、
私の顔は、家庭内暴力に傷ついている。
手をあげるばかりではない。
時には眠っている私に、容赦なく頭突きである。
私の唇は切れて腫れ、
鼻の骨は妙な音をたて、
広い額も変色している。
女の限られた腕力では、抵抗も空しいばかりである。
魔の時間は、たいてい明け方やってくる。
夜寝るときには、頭までしっかり布団をかぶる私であるが、
もう、そろそろ寝室を別にするという手段に出てもいいかも
知れない。
早く、この息子たちが成長して
安心して眠れる日が来て欲しい。
私よりも被害が大きいのは、隣で寝ている夫。
子供に暴力をふるわれるために、
2人も息子を持ったわけじゃないっつーの。
中学高校時代、
父や兄が母に暴力をふるうのを目の当たりにし、
こっちも体当たりで母をかばいながら
毎日が過ぎていた。
自分は、心穏やかな人と結婚して、
普通に幸せな家庭を築いてやる、必ず。 必ず。
毎日のようにどこかでガラスが割れる家の隅で、
ありきたりだが、そう思ったものだ。
(それでも、結婚しないっていう仮定をしてないのが笑える)
・・・・・因果なものである。
今、
私の顔は、家庭内暴力に傷ついている。
手をあげるばかりではない。
時には眠っている私に、容赦なく頭突きである。
私の唇は切れて腫れ、
鼻の骨は妙な音をたて、
広い額も変色している。
女の限られた腕力では、抵抗も空しいばかりである。
魔の時間は、たいてい明け方やってくる。
夜寝るときには、頭までしっかり布団をかぶる私であるが、
もう、そろそろ寝室を別にするという手段に出てもいいかも
知れない。
早く、この息子たちが成長して
安心して眠れる日が来て欲しい。
私よりも被害が大きいのは、隣で寝ている夫。
子供に暴力をふるわれるために、
2人も息子を持ったわけじゃないっつーの。
2007年03月26日
そして、5年である。 その2
NZに来て5年になった、という記事は前々回。
で。
今日。
そして、5年である。
そう。 夫と出会って今日で5年である。
知り合った日など、覚えてるタイプじゃないんだけどね。
記念日とか、彼氏と行った場所とか、思い出を次から次へ
忘れていって、ため息つかれたことありますから。(夫でないよ)
私にとってNZに来た日がけっこう印象的で、それが月曜日だった。
で、翌週の火曜日に夫と知り合ったので、
毎年数えて「今日だ」と言っているわけである。
まぁ、とにかく今年も「今日だ」のうちに気がついたぞ!
知り合って5年に際して、こんなことを思ってみたよ。
私たちが、そこにあることを当然だと思っている全てのことは
実は簡単に壊れて、形を失くして、還らなくなる。
それが、人でも、物でも、状況でも。
だからってわけじゃないが、大事にしないといけないよねぇ。
知り合って5年。
バスルームを改装中で、
古いバスタブや洗面台、柱、棚などなど、
元の形は毎日見慣れていた私と夫にしかわからないだろう。
そんなガラクタを片付けながら、
知り合って5年と気付き、
そんなことを思った暑い朝。
で。
今日。
そして、5年である。
そう。 夫と出会って今日で5年である。
知り合った日など、覚えてるタイプじゃないんだけどね。
記念日とか、彼氏と行った場所とか、思い出を次から次へ
忘れていって、ため息つかれたことありますから。(夫でないよ)
私にとってNZに来た日がけっこう印象的で、それが月曜日だった。
で、翌週の火曜日に夫と知り合ったので、
毎年数えて「今日だ」と言っているわけである。
まぁ、とにかく今年も「今日だ」のうちに気がついたぞ!
知り合って5年に際して、こんなことを思ってみたよ。
私たちが、そこにあることを当然だと思っている全てのことは
実は簡単に壊れて、形を失くして、還らなくなる。
それが、人でも、物でも、状況でも。
だからってわけじゃないが、大事にしないといけないよねぇ。
知り合って5年。
バスルームを改装中で、
古いバスタブや洗面台、柱、棚などなど、
元の形は毎日見慣れていた私と夫にしかわからないだろう。
そんなガラクタを片付けながら、
知り合って5年と気付き、
そんなことを思った暑い朝。
2007年03月19日
そして、5年である。
NZに来て、5年が経った。
1年経った時には、ビザのことがひと段落してホッとしていた。
2年経った時には、「外国来て2年もすれば、結婚して妊娠するんだな」
と思いながら主婦を始めていた。
3年経った時には、とんでもない田舎に引っ越していて、母にもなっていて
実は離婚の危機に陥りそうでもあった。
4年経った時には、二人目の妊娠でお腹が大きくて、
やっと母親っぽさが出てきたところだったかなぁ。
そして、5年である。
無事に家族4人平和に暮らし、それは何にも変え得ない
最優先の幸せなんだけど、
今年はもうひとつ、嬉しいことがあった。
ソトコトBOOKS ニュージーランド移住計画 初級編
という本が本屋さんに置いてあると思います。
その、102・103ページを見てみて下さい。
それしか言わないのが、
蛇足の中途半端なとこなんだけど・・・。
ちなみに、その本には蛇足家族も載ってるよ。
次男妊娠中の取材だったので子供は一人しか載ってないけど。
それは、50~53ページ。
で、私が独身時代勤めてた日本語の塾のオーナーが
64・65ページに載ってます。
この塾がなかったら、この国には定住しなかったかも。
それくらい、大事な場所で、大事な大好きな先生です。
他にも、この本には知人やお世話になっている人が載っている。
5年たてば、たくさんの出会いがあり、
それらは捨てられないものになる。
102・103ページのことは、ホントに涙が出る嬉しい出来事だけど
人との出会いは、言葉にならない大切さと温度を持っている。
ここに来て、良かったなぁ
と、改めて感じた5年記念日。
1年経った時には、ビザのことがひと段落してホッとしていた。
2年経った時には、「外国来て2年もすれば、結婚して妊娠するんだな」
と思いながら主婦を始めていた。
3年経った時には、とんでもない田舎に引っ越していて、母にもなっていて
実は離婚の危機に陥りそうでもあった。
4年経った時には、二人目の妊娠でお腹が大きくて、
やっと母親っぽさが出てきたところだったかなぁ。
そして、5年である。
無事に家族4人平和に暮らし、それは何にも変え得ない
最優先の幸せなんだけど、
今年はもうひとつ、嬉しいことがあった。
ソトコトBOOKS ニュージーランド移住計画 初級編
という本が本屋さんに置いてあると思います。
その、102・103ページを見てみて下さい。
それしか言わないのが、
蛇足の中途半端なとこなんだけど・・・。
ちなみに、その本には蛇足家族も載ってるよ。
次男妊娠中の取材だったので子供は一人しか載ってないけど。
それは、50~53ページ。
で、私が独身時代勤めてた日本語の塾のオーナーが
64・65ページに載ってます。
この塾がなかったら、この国には定住しなかったかも。
それくらい、大事な場所で、大事な大好きな先生です。
他にも、この本には知人やお世話になっている人が載っている。
5年たてば、たくさんの出会いがあり、
それらは捨てられないものになる。
102・103ページのことは、ホントに涙が出る嬉しい出来事だけど
人との出会いは、言葉にならない大切さと温度を持っている。
ここに来て、良かったなぁ
と、改めて感じた5年記念日。
2007年03月16日
蛇足的もしも人生 その2
バトン受け取りました。
てか、受け取ってから走り出すまでが長すぎだろう!
いや、言い訳をひとつ。
昨日、1日中停電しちゃって。
ウチは電気が通わないとネットに接続できないんだって。
蛇夫が言ってた。
というわけで、遅くなりましたが、
「将来の夢は?」 をテーマにいっちょ書いてみるぞ。
子供の頃、私は女の子らしく「○○屋さん」という希望を
抱いたことは一度もなかった。
実家が園芸農家で、毎日従業員たちがいて、
祖父母や両親もいつも家にいたからだろうか、
「仕事に行く」ということに対してピンときてなかったのも
あるのかなぁ。
というわけで、
じゃ、何になりたかったかといえば、
猫飼いばあさん
捨て猫を拾って、自分の家で飼いたかったのだ。
想像の中のおばあちゃんになった自分に夫はおらず、
古めの洋館に住んでいて、庭は広い。
敷地は石の塀で囲まれていて、その塀にはコケや
ツル性の植物が這っていて、年季が入った感じ。
それもこれも(どれとどれ?)
実家の近所にしょっちゅう犬や猫が捨てられていて、
連れて帰っては元に戻す、ということを
繰り返していた子供時代が理由だと思う。
そんな夢を抱きつつ、地味な少女時代は過ぎて行ったのである。
さて、私も中学3年生になった。
その時、突然職業としての夢が芽生えたのである。
それは養護教諭
まぁ、わかりやすく言えば、保健室の先生だな。
中3の前期、保健委員になって、
そんでそれが楽しくて楽しくて。
まぁ、そんな軽いきっかけだ。
正直、今となっては学校勤めじゃなくて、
よかったんだと思う。私の性格からして。
結局、家庭教師があまりにも心地よくて
就職活動などもせず、
昼は親の会社の手伝い 夜は家庭教師
という生活になったけど、
わがままな生活だったよなぁ。
そんでなぜかその後、NZに移住してしまったが、
もし、今過去に戻れるとしたら、
何になりたいかなぁ?
それが、ないんだよなぁ。
子供の頃も、学生時代も、独身時代も、今も、
「家で、妻と母をする」
というのが一番の希望だからなぁ。
こうして、何日か考えて、この結果なんだけど、
なんか、
私って、ちょっとツマンナイ女????
とか思っちゃた・・・。
夢も希望もなんだか中途半端なんだけど、
でも、
毎日を、ちょっとずつ生きていけたら。
1日が1日の長さで進んでくれたら。
自分の気持ちが、いつも暖かいところにあれば。
家族や友達の気持ちも、いつも暖かいところにあれば。
それこそが、私の夢や希望で、
生きていくために、どんな職業でも、
これはそのための単なる手段のような気がする。
で、だね。
裏番ariari。
番長の後は、裏番じゃないと筋が通らんよね。
ふふ。
というわけで、次はariariさんということで
よろしこですぅ。
てか、受け取ってから走り出すまでが長すぎだろう!
いや、言い訳をひとつ。
昨日、1日中停電しちゃって。
ウチは電気が通わないとネットに接続できないんだって。
蛇夫が言ってた。
というわけで、遅くなりましたが、
「将来の夢は?」 をテーマにいっちょ書いてみるぞ。
子供の頃、私は女の子らしく「○○屋さん」という希望を
抱いたことは一度もなかった。
実家が園芸農家で、毎日従業員たちがいて、
祖父母や両親もいつも家にいたからだろうか、
「仕事に行く」ということに対してピンときてなかったのも
あるのかなぁ。
というわけで、
じゃ、何になりたかったかといえば、
猫飼いばあさん
捨て猫を拾って、自分の家で飼いたかったのだ。
想像の中のおばあちゃんになった自分に夫はおらず、
古めの洋館に住んでいて、庭は広い。
敷地は石の塀で囲まれていて、その塀にはコケや
ツル性の植物が這っていて、年季が入った感じ。
それもこれも(どれとどれ?)
実家の近所にしょっちゅう犬や猫が捨てられていて、
連れて帰っては元に戻す、ということを
繰り返していた子供時代が理由だと思う。
そんな夢を抱きつつ、地味な少女時代は過ぎて行ったのである。
さて、私も中学3年生になった。
その時、突然職業としての夢が芽生えたのである。
それは養護教諭
まぁ、わかりやすく言えば、保健室の先生だな。
中3の前期、保健委員になって、
そんでそれが楽しくて楽しくて。
まぁ、そんな軽いきっかけだ。
正直、今となっては学校勤めじゃなくて、
よかったんだと思う。私の性格からして。
結局、家庭教師があまりにも心地よくて
就職活動などもせず、
昼は親の会社の手伝い 夜は家庭教師
という生活になったけど、
わがままな生活だったよなぁ。
そんでなぜかその後、NZに移住してしまったが、
もし、今過去に戻れるとしたら、
何になりたいかなぁ?
それが、ないんだよなぁ。
子供の頃も、学生時代も、独身時代も、今も、
「家で、妻と母をする」
というのが一番の希望だからなぁ。
こうして、何日か考えて、この結果なんだけど、
なんか、
私って、ちょっとツマンナイ女????
とか思っちゃた・・・。
夢も希望もなんだか中途半端なんだけど、
でも、
毎日を、ちょっとずつ生きていけたら。
1日が1日の長さで進んでくれたら。
自分の気持ちが、いつも暖かいところにあれば。
家族や友達の気持ちも、いつも暖かいところにあれば。
それこそが、私の夢や希望で、
生きていくために、どんな職業でも、
これはそのための単なる手段のような気がする。
で、だね。
裏番ariari。
番長の後は、裏番じゃないと筋が通らんよね。
ふふ。
というわけで、次はariariさんということで
よろしこですぅ。
2007年03月06日
オンナの指先
週末、友人の結婚式に主席した。
そのためにマニキュアを塗った。
実に3年ぶりである。
前回は自分の結婚式・・・
そういう特別なシュチュエーションを除けば、
なんと5年ぶりである。
つまり、NZに来てから、マニキュアをまともに塗っていない。
理由は様々。
まずは飲食店で働く面接のためにやめた。
その後、めでたく働けたので塗る機会がなかった。
さらに、日本語教師をしたので、悪い印象をもつ親御さんが
いたら、ナンだな、と思って塗らなかった。
そのうち子供が生まれ、まっさらな身体で育てたくて
塗らない爪を貫いて現在に至るわけである。
そもそも、私は爪のおしゃれが大好きだったのよ、これでも。
日本にいた頃は、
週に1回ネイリストの元へ通い、
綺麗にネイルアートを施してもらっていたので、
2年くらいは自分で爪の手入れをしたことがなかったほどだ。
そんな私も変われば変わるもんで、
ノーメイクの爪にすっかり慣れていたのである。
そして、久々に爪に色をつけてみて、気がついた。
というより 思い出した の方が正しいか?
そう。
マニキュアを塗ると、仕草が女らしくなるのだ。
どうしても指先に気を遣うし、
自分の指が目に入るたびに放たれている「オンナ的光」が、
その都度、自分の行動を艶っぽくさせる。
それで 思い出したよぉ。
自分の「オンナな思い出」を。
あの店 とか
あの海 とか
あの人 とか
あの車 とか
あの道 とか
あの家 とか
深くは語らないけどね・・・
誰にも言ってないこともあるのよ、ふふ。
今更 オンナになりすぎても良い事ないので、
夫にかわいがってもらえる程度にしとくのが得策だが、
このマニキュア効果はなかなかのもんであった。
オンナ度を上げたい人には是非オススメしたい。
・・・・・と、そんなことを新婦と熱く語り合っても
彼女はついさっき、英語で永遠の愛を誓ったばかりである。
そして、同じ祭司の前で3年前に愛を誓ったのは 他でもない 私である。
夫だけを愛して、
いちいち自分の爪に触発されてオンナになってしまわないように
人生をコントロールしていこう、と
改めて固く誓ったのである。
良い結婚式だったなぁ。
そのためにマニキュアを塗った。
実に3年ぶりである。
前回は自分の結婚式・・・
そういう特別なシュチュエーションを除けば、
なんと5年ぶりである。
つまり、NZに来てから、マニキュアをまともに塗っていない。
理由は様々。
まずは飲食店で働く面接のためにやめた。
その後、めでたく働けたので塗る機会がなかった。
さらに、日本語教師をしたので、悪い印象をもつ親御さんが
いたら、ナンだな、と思って塗らなかった。
そのうち子供が生まれ、まっさらな身体で育てたくて
塗らない爪を貫いて現在に至るわけである。
そもそも、私は爪のおしゃれが大好きだったのよ、これでも。
日本にいた頃は、
週に1回ネイリストの元へ通い、
綺麗にネイルアートを施してもらっていたので、
2年くらいは自分で爪の手入れをしたことがなかったほどだ。
そんな私も変われば変わるもんで、
ノーメイクの爪にすっかり慣れていたのである。
そして、久々に爪に色をつけてみて、気がついた。
というより 思い出した の方が正しいか?
そう。
マニキュアを塗ると、仕草が女らしくなるのだ。
どうしても指先に気を遣うし、
自分の指が目に入るたびに放たれている「オンナ的光」が、
その都度、自分の行動を艶っぽくさせる。
それで 思い出したよぉ。
自分の「オンナな思い出」を。
あの店 とか
あの海 とか
あの人 とか
あの車 とか
あの道 とか
あの家 とか
深くは語らないけどね・・・
誰にも言ってないこともあるのよ、ふふ。
今更 オンナになりすぎても良い事ないので、
夫にかわいがってもらえる程度にしとくのが得策だが、
このマニキュア効果はなかなかのもんであった。
オンナ度を上げたい人には是非オススメしたい。
・・・・・と、そんなことを新婦と熱く語り合っても
彼女はついさっき、英語で永遠の愛を誓ったばかりである。
そして、同じ祭司の前で3年前に愛を誓ったのは 他でもない 私である。
夫だけを愛して、
いちいち自分の爪に触発されてオンナになってしまわないように
人生をコントロールしていこう、と
改めて固く誓ったのである。
良い結婚式だったなぁ。
2007年02月25日
2月の決意。
2月。
南半球 ニュージーランド。
自信と希望に満ち満ちた太陽を掲げて、
空は ゆったりと青く たっぷりと高く 澄み渡る。
庭の果樹たちは
日に日に枝を低く垂れ、
その姿だけで もう 充分に甘い誘惑。
枝葉に隠された小さな鳥の巣からは
朝となく昼となく 新しい巣立ちが叫ばれる。
目を閉じたままでも
その全てを風が教えてくれる
というわけで、
こちらは最高の季節でっせ。
まぁ、目を閉じたままじゃ 何にもできないんで、
目を開けてみたところ、
夫と共にあるものを発見した。玄関先に。
クモの赤ちゃんである。
生まれたてらしく、
みんなきれいに張られた大きな巣の上を
所狭しと行き来していた。
「こんなに生まれれば、そりゃあちこちに
クモがいるよねぇ」
なんて話しながら夕飯のために家に入った。
そう、恵みの季節。
生まれてくるのは鳥や果実だけじゃない。
こうして、小さな虫たちも命をつないでいるのである。
そして、翌朝。
リビングに入るドアのノブに・・・
キッチンの床に・・・
子供のおもちゃに・・・
なんだか 黒くて小さな物体が・・・
そう、
生まれたての、
自信と希望に満ち満ちた存在が、ここにも!!! あそこにも!!!
命、繋ぎすぎじゃい!!!!!!
極めつけは、
私のTシャツの袖。
私に棲みつくな!!!!!!!!
と、思いきや、
それはクモではなく糸のほつれ。
と、思いきや思いきや。。。
反対の袖にはやはりクモの子が。。。。
布がちゃんと繋がっていない右袖と、
命がきっちり繋がれている左袖。
今日も太陽は元気だ。
この光は、このクモたちを1日分成長させるだろう。
かといって、私がこの光を浴びても、
1日分お肌がいたむだけである。
自分で何とかしよう。
このズボラな性格。
南半球 ニュージーランド。
自信と希望に満ち満ちた太陽を掲げて、
空は ゆったりと青く たっぷりと高く 澄み渡る。
庭の果樹たちは
日に日に枝を低く垂れ、
その姿だけで もう 充分に甘い誘惑。
枝葉に隠された小さな鳥の巣からは
朝となく昼となく 新しい巣立ちが叫ばれる。
目を閉じたままでも
その全てを風が教えてくれる
というわけで、
こちらは最高の季節でっせ。
まぁ、目を閉じたままじゃ 何にもできないんで、
目を開けてみたところ、
夫と共にあるものを発見した。玄関先に。
クモの赤ちゃんである。
生まれたてらしく、
みんなきれいに張られた大きな巣の上を
所狭しと行き来していた。
「こんなに生まれれば、そりゃあちこちに
クモがいるよねぇ」
なんて話しながら夕飯のために家に入った。
そう、恵みの季節。
生まれてくるのは鳥や果実だけじゃない。
こうして、小さな虫たちも命をつないでいるのである。
そして、翌朝。
リビングに入るドアのノブに・・・
キッチンの床に・・・
子供のおもちゃに・・・
なんだか 黒くて小さな物体が・・・
そう、
生まれたての、
自信と希望に満ち満ちた存在が、ここにも!!! あそこにも!!!
命、繋ぎすぎじゃい!!!!!!
極めつけは、
私のTシャツの袖。
私に棲みつくな!!!!!!!!
と、思いきや、
それはクモではなく糸のほつれ。
と、思いきや思いきや。。。
反対の袖にはやはりクモの子が。。。。
布がちゃんと繋がっていない右袖と、
命がきっちり繋がれている左袖。
今日も太陽は元気だ。
この光は、このクモたちを1日分成長させるだろう。
かといって、私がこの光を浴びても、
1日分お肌がいたむだけである。
自分で何とかしよう。
このズボラな性格。